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番外編 幼稚園や学校のこと

2012年10月14日 (日)

波のように、寄せたり引いたりを繰り返す気持ち

少し、闘病記から離れて、長男君をめぐるお付き合いのこと、私の気持ちなどを書いてみたいと思います。

私は、長男の初発の発病の時(長男が三歳の時)に仕事を辞めました。それまでは共働きで、二人の息子たちは保育園に通っていました。

仕事と家庭の両立だけでアップアップで、ご近所付き合いや、保育園のママたちとの付き合いもあまり積極的にはしてきませんでした。(・・・というか、平日はほとんど家におらず、保育園の迎えはいつもビリ、週末は病気しているか、元気なら行楽に出かけていました)

それが、長男の病気で大きく変わりました。長男の退院後、本人の希望で保育時間が短い方がいいということで、幼稚園に転入したんです。長男が年長になる少し前のことです。

近所の人がよく通う幼稚園には転入を受け入れてもらえず、少し遠くの幼稚園に入りました。とてもいい幼稚園でしたが、長男にも私にも一人も友達がおらず、とても苦労しました。長男には、結局卒園までに、仲のいい友達は一人しかできませんでした。年長になると親子ともグループができていて、なかなか入りずらかったんです。

長男自身も、運動神経の発達が遅れていて、みんながとべる縄跳びを一人だけとべなかったり、自由に絵を描いてと言われると困惑してしまったり、なかなかなじめない要素もありました。

それに私も、転入の理由を聞かれるのがつらくて、ついつい周りと距離を置いてしまったというのもあるかもしれません。実際、近所の公園で話しかけてきてくれたママに質問をされて、正直に答えたら次から微妙に避けられている感じを受けたこともあり・・・。

次男は同じ園に年少から入ったところ、すっと友達がたくさんできました。長男の病気のことも、次男の友達のママたちには自然に話すことができて、それを聞いたママたちも温かく協力してくれて・・・。本人の病気ではなく、”兄の病気”ということでワンクッションおけると、気軽に話せるのですが・・・。

それからは、せめて私自身が積極的に人付き合いをして、長男君も自然に巻き込んでいけたらいいなという思いもあり、地域のサッカークラブに入ったり、マンションのイベントの幹事をかってでたり、小学校でも一年生でPTAの委員を引き受けたりしました。

自分の学生時代の友達や、仕事仲間との付き合いが中心だった生活から、地域と深くかかわり、子供を中心に関係を築く生活に大きく舵を切りました。

最初の一年は環境が変わりすぎて本当にきつかったですが、だんだん新しい生活にも慣れてきました。仕事も子供が幼稚園や学校に行っている間だけぼちぼち再開し、ようやく私も心のバランスがとれるようになってきて・・・そんな中、長男の病気の再発が分かりました。

長男は、二年生になって、初めて自分自身で友達と放課後に公園で遊ぶ約束をしてくることができたり、周囲に溶け込むことができるようになっていました。その矢先の再発です。

クラスの友達に、まだ病名はお知らせしていません。一年くらいで学校に戻れること、長い治療を受けなければならないけれど、病院の中の学校に通いながら頑張っていることだけ伝えています。

周囲に病気のことをどう伝えるかは、いまだに課題です。幼稚園での経験を思い起こすと、話してしまった方が理解を得やすいなとも思いつつ、本人がどんな反応をされるかやっぱり不安もあり。

長男の病気によって、小さなことにでも感謝したり幸せを感じたりできるようになった一方で、やっぱり病気を憎らしく思ったり不安になったりすることもあり。今まで通りに周囲と付き合える気持ちのときもあれば、殻に閉じこもって誰とも会いたくない気持ちになることもあり。

私の気持ちは波のように寄せたり引いたり。

でも一つ、ずっと変わらないのは、長男と次男を愛おしく思う気持ち。むしろ、病気によって、二人に会える時間がそれぞれ削られてしまうので、より愛おしさが募ります。

闘病記は長男の様子を中心になるべく客観的に書きたいなと思っているのですが、たまにはこんな風に、とりとめもなく自分のことも吐き出してみたくなったりするのでした。

後日追記:

妖狐さま

応援コメントありがとうございます!・・・なぜか自分のPCから自分のブログにコメントできない状況が続いているので、こちらにてお礼をば。

うまくガス抜きをしつつ、これからもがんばって行きたいと思います♪

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